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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
五
――なぜならば、平家は平家の既成勢力しか誇るものはなかったが、頼朝のほうは、誰も頼朝や、一時政の力を恃みとはしていない。
天の味方を力としていた。
天とは、もちろん、時勢のことをいう。大きな時の転回を見とおして、その方向を誤たず、正しく地に立ち上がった姿勢の上に耀く天のことである。
――それはそうと。
谷間は早くも暮れかけた。何か、敵味方大声が谺しあうと、一団また一団、太刀長刀をひっさげた兵が、われがちに薄暮の谷間をのぞんで駈け降りてゆく。
五
合戦は夕方から始まった。
一日中、睨みあっていた両軍が何のきっかけで、どっちから挑みかけて、接戦の口火が切られたか、分らなかった。
それに、きょうの対峙では、双方とも矢を大切にして、一本のむだ矢も射交わさなかったのである。
谷を距てている空間が、矢の届かない距離だからであろう。――われこそ、などと、晴々しく立って、もし射た矢が、敵のいる峰にも届かず、徒に谷へ落ちて行ったりなどしたら、一代物笑いの種となるから、誰も自重していたものとみえる。
それも、睨み合いの原因になっていたが、もう一つの理由は、敵へ挑むには、どうしても谷を降らなければならない。