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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

それだけの数の侍が新手となってまた、ひとつ谷へ真っ黒に降りた。

辷る者がある。

矢に中って、崖の途中から転げ落ちてゆくのもある。

その矢の幾つかは、向う山の上に立つ頼朝が射た矢である。

頼朝が今朝から踏まえているその山を、石橋山とこの辺の土民は称んでいる。

石橋山のうえには、一日中、弛んだ顔は一つもなかった。これこそ天上というのだろう、何の雑念もなく、今は、迷いもなく、三百余人が一体となって、ただ竿頭の白旗と、それに結えつけてある以仁王の令旨とを、時折、無言で見あげ合っていた。

その一体の人数も、今はあらかた谷底で戦っている。頼朝のそばには、加藤次景廉、大見平太、佐々木高綱、堀藤次などのわずか五、六名の影が見えるに過ぎなかった。

「高綱、高綱」

頼朝は、弓を投げすてるとすぐ、堀藤次の手から、長刀をうけ取って、

「面倒。従いて来い」

「あっ、しばし」

高綱や景廉も、弓をおくと、慌てて頼朝を遮った。

「乱軍です。暗さも暗し」

「眺めておる場合か」

「でも、大事のお身に」

「十四の年も死ななかった。二十年来死ななかった。死なば天命、ここにいても死のう。――聞け、あの谺を。