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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

という希望は、誰よりも頼朝の信念にあった。今が初めての荊棘の道ではない。これが最後かと思う一歩前が、実は、次への悠久な道へ出る暁闇の堺であったことを、幼年の頃から幾度も身に訓えられていたからである。

「ぜひ、最後までは、御供を」

と、それは、ここにいる者のすべての希いだったが、頼朝も、他日を期して別れてくれと云い渡したので、人々は、やがて散々に、思い思いに、落ちて行くしかなかった。

頼朝、実平だけを残して、あらましは皆、落ちのびて行った頃、乱軍の中で見失った飯田五郎が、息喘いて、追いついて来た。

「数珠を拾いました。このお数珠は、殿のではございませぬか」

見れば、自分の落した物なので、頼朝は、非常に欣んだ。その飯田五郎も、泣いて供を願ったが、

「きょうが最後ではない。ふたたび旗を見たら来い」

と、頼朝は諭して、無理に追いやった。なぜか、その五郎を追いやるのが、誰よりも辛い心地がした。

一方、頼朝に迷れた時政父子は、道を違えて、箱根路から湯坂を越え、甲斐のほうへ落ちようと志したが、三男三郎は、土肥山から早川へ来る途中、伊東祐親入道の兵に囲まれて討死し、同行の工藤介茂光は、老人なので、精がきれたか、