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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「抜け駈けか」

「ずっと上流へ行けば、浅瀬があります。迂回して、平家方の後ろにひそみ、お味方が一斉に、河を渡りかかるや否、同時に、平家の陣中へ突き入るのです。――さすれば、何人よりも負れる気づかいはありません」

「よく気づいた。よしっ――すぐに立とう」

武田兄弟は、走り帰ると、にわかに兵をまとめ、駒に枚を銜ませて、味方にも気づかれぬように、富士川の真夜半を、粛々と岸に沿って上流へ移動しはじめた。

すると、すでに一群の騎馬が、河を渡って、彼方の岸へ、忍び忍び上がってゆくのが見える。すばやいやつ、そも何者かと追いついてみると、それはやはり同郷逸見冠者光長、安田三郎義定などの味方だった。

「待たれよ」

と、太郎信義は、安田三郎へ声をかけた。

「抜け駈けのまた抜け駈けは、同士討に似る。逸り合っては事を破ろう。われも甲斐源氏なり御辺たちも甲斐源氏の一党。ひとりひとりの手功を捨てても、甲斐源氏の名において名誉をあげたら、それで本望ではないか」

と、云った。

義定、光長も、

「元よりの事」

と、武田勢に合体した。――陣所が近かったので逸早く太郎信義たちの行動を知って、彼等も、置き捨てられじと、先へ急いで来たものだった。