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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
「こよいこそは」
と、余一の父たる彼は、毎夜のように、太刀のつかをしめして、牢舎の戸口まで忍び寄ったが、いつも心静かに法華経を唱える声につい聞き入って、
「いや……?」
と、思い直しては、幾月かを、過してしまった。
そのあげく、ついに、頼朝の前に出て、彼はこう願い出したというのである。
「討ちました。――子の讐にはあらで、わが心の浅慮な怨念を刺しとめてござる。――願わくば長尾新六のなきがらには、法衣を与えてご追放下されたくぞんじまする」
頼朝が、それをゆるした事はいうまでもない。実に、一面には、こういう涙もある鎌倉の人々だった。
五
奥州船は近ごろ京方面の輸送をほとんど怠って、大部分の物資を、京より近い鎌倉で荷上げしていた。
金銀、鉄砂、織物、漆、紙など、ここで揚陸された量はおびただしい額にのぼろう。時には浅黄いろの同じ小旗を舳に立てた奥州船ばかりで、滑川の河口をうずめているような盛観も見られた。
それらの物資も船舶も、すべて吉次の胸ひとつで動くものだった。彼にとって今こそ待ちもうけていた絶好の「時」であった。一躍、天下の富を積むべき汐どきが、頼朝の旗挙げと同時に、彼にも、商法の旗挙げを促した。