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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「おゆるし下さい。おなつかしさの余りです。御曹子様、わたしめでござります」

「オオ、吉次か」

義経は、馬を降りて、手綱を継信にあずけ、

「会いたいと思っていた」

と、云った。

そのことばだけで、吉次は胸につかえていたものすべてを宥められてしまった気がして、なにも云えなくなった。

義経は、継信、忠信のふたりへ、ここで待っているようにと云いつけ、森の奥へと、先に歩き出しながらまだ手をつかえている彼を、

「吉次。来ないか」

と、振向いた。

吉次は起って、従いて行った。人目を避けて恋人とかくれに入るような秘密と似たものが五十過ぎた男の胸をそっと揺する。秋に近い森の奥は、黒いほど緑がかさなり合って、蝉の声も喧しいほどではなく、所々、これこそ泉ともいうべき水溜りに、もう秋草の花が鏡の縁の唐草模様のように乱れ咲いていた。

「ここは、寿福寺の森かな?」

「さようでございます」

「ここなら誰も来まい。――吉次、そこらの石へでも腰かけるがよい。そう礼儀を執らいでもよい」

義経は、木の切株に腰かけて、足もとから泉へ注いでゆく水を見ていた。

「奥州におる間も、めったに会う折もなかったが、いつも達者でよいな」