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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
二
そう云って遽に、家と家のあいだの細路地を出て行きかけたが、またふと、引っ返して来て、誰へとはなく訊ねた。
「お前がたのうちで、誰か、知っている者はないか。この表の通りに住んでいた白拍子の翠蛾と潮音の姉妹は、どこへ逃げて行ったろうか」
「…………」
「実はここ六、七年も、あの姉妹の家を訪ねていないので、近頃の様子は知らぬが、姉も妹ももうかなりな年配。しかるべき男でも迎えて、身をかためていれば結構だが、この騒ぎに、どうしているかと、実は案じて立ち寄ったわけだが、住居は空家、猫の子もいない」
「…………」
知らないのか、知っていても、他人事どころではないというのか、誰も皆、黙りこくッて、どこかでけたたましく聞える野良犬の声に気をとられていた。すると、人々の頭の上で、
「あっ? 煙が」
と大声がした。
屋根に上がって這っていた職人らしい男が下へ向ってどなったのである。
「たいへんだぞ。七条、八条、池殿、小松殿、泉殿、東は二条三条のここかしこからも、いちどに黒煙が揚がりはじめた」
「えっ、煙が?」
人々は、どよめき出した。
床下にも小屋の内にもいたたまれなくなって、どやどや空地へ群れ立った。