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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
三
ようやく、不破の関へかかって、湖畔をたどっていた日である。彼の一行を、早馬が追いかけて来た。
鎌倉殿のお使いという。
「何事か」
と、書状を披いてみると、極めて簡略に、
入洛の儀はしばし見あわせ、佐々木ノ庄に滞留あって、再度の沙汰を待つように。
とある。
思うに、院の密使公朝が、鎌倉へ着いたその夜か翌朝にでも、すぐ出した早馬にちがいない。
義経は、心のうちで、
「……時が来た!」
それをどんなに彼は待っていたことか。
彼は小さいもう一つの悩みを――公朝にも打明けた乳児のような心の奥の泣き声を――切り捨てなければいけないと思っている。
大乗をもって、小乗を。
大志をもって小我の迷いを。
まだ見ぬ母を一目でもと恋いわずらう過去への儚い痴児のこの悩みを。
「お目にかかる事が倖せか。お目にかからぬほうが倖せか。――愚かよ。公朝が云ったとおりだ」
義経は湖のうえを行く片雲を見た。道の辺の冬草を見まわした。――在りやなしや。母はそこはかとなく居もする。すでに亡い気もする。
「この世におわすとも、おわさずとも、義経が、人として、為す事を為さば、いずこかでご覧あろう。亡父義朝も……」