轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

近江路は、源氏のもののふに取って、恨み多く、胸傷む思い出の道である。

ここらの草木、ここらの水の辺――何を見ても平治の乱に崩れ去った義朝や一族の当時のすがたを偲ばせぬものはない。

「――が、こんどは」

義経は、身のうちに、血ぶるいをおぼえた。

佐々木ノ庄は、湖畔の安土老蘇、金田あたりの一帯をいう。佐々木源三秀義の旧領で、かの定綱、盛綱、高綱など兄弟たちの故郷でもある。

そこの本郷山に、以前のままな古館がある。義経は貢ぎの荷駄や五百騎と共に駐まって、ひたすら鎌倉から二度目の急使が訪れるのを待っていた。

十一月になった。

まだ来ない。

月も中旬に近づいたが、何の沙汰もないのである。

この間の彼の焦躁は、はた目にも窶れの見えるほどだった。すぐ目と鼻の先の京都では、法住寺殿の焼打ちとか、その他、限りない義仲の狼藉やら秩序の乱脈さが手にとる如く聞えてくるのに、鎌倉の方からの風のたよりには、

「院宣を奉じて、いよいよ鎌倉殿にも、軍勢を催されておらるるが、義仲追討の総大将には、やはり北条殿がお立ちになるらしい」

とか、また、

「いや、千葉介殿か誰か、御家人のうち優れた老将をさしそえて、御弟の蒲冠者範頼どのをお立てになるそうだ」