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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
この弟へは、何をいうにも気の措けない姿である。
範頼もまた、何事にも兄への服従と慎みを怠らない。
故義朝の第六子にあたり、母は池田の宿の遊女とかいう。藤原範季の手に養われてきたが、頼朝の旗上げと聞いて、その翼下に馳せ参じたのである。
「……不覚をとるなよ」
今、頼朝がそう云ったのは、義経に負れをとるな、という意味のものと、範頼はうけ取ったので、
「弟には負けません」
と、温順な彼も、いささか心外なような顔色を示して答えた。
すると頼朝は、そんな顔色を見てもやらず、頭から云った。
「――戦の駈引は、そちより、遥かに、義経の機略がたち優っておる。京に攻入る二つの攻め口では、瀬田より、宇治川のほうが難しい。それ故に、義経をさし向けたのである。不覚をとるなとは、その上にも、名折れをすなと申したのだ」
「はい。……分りました」
範頼は二言もない。
その他、細々と、注意をうけて、彼は出発した。――とはいえ、馬上、大軍の上に立てば、自ら威もある。彼は、将として弱いのではない。気負けというか、兄の前に坐ると弱いだけだった。
義経のところへも、早、飛状が着いている頃である。