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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

九条の女院へ、彼がふたたび姿を見せたのは、その翌日の午頃であった。

壺の梅が、咲き匂っていた。呼び立てられて、常磐が何気なくその庭ごしに窺うと、中門の外あたりに、六波羅の武士どもが十人以上も、何やら喚き立てていた。荒々しい声も交じって、

「早くいたせ」

とか、

「中門まで駒を入れよ」

とか、また――縄をかけるには及ぶまいの、いや縄目にかけろのと、問罪所の武士同士で、云い争っている声もする。覚悟はしていたものの、さては迎えかと、常磐は、乳のあたりを刃もので突き抜かれる思いがした。

すると、後ろで、

「姪よ。さあ行こう」

部屋の口へ立った伯父の鳥羽蔵が、もう急き立てているのだった。まるで常日頃の遊山にでも誘うようにである。

「……はい」

答えたが、意志を打っても、常磐は身がふるえてしばしは起てなかった。しかし、瞬間が過ぎると落着いて、

「しばらくお待ちくださいませ」

と、几帳を立てて、そこにある櫛匣を寄せ、牛若を抱いたまま、化粧をしていた。

「お母あ様。どこへ行くの」

「六条のお家?」

今若も乙若も、そこへ来て、鏡の中の母をのぞいた。母が化粧する姿を見るのは、子達も、幾十日ぶりか知れないので、急にはしゃぎ出したのである。