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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
決死の渡河を行って来た敵を見ながら、前線に射手をならべて、矢ばかり射ていたのも不覚の一つであった。
それに反して、義経の兵は、人馬共、濡れねずみのまま、
「息をつかすな」
とばかり追撃また追撃して――一部は木幡から醍醐路へと追いまくし京の阿弥陀ヶ峰の東に出で、また他の一部隊は、小野から勧修寺を追いかけて七条へ突入した。
深草や伏見辺へ、少数で迷い出た兵もある。何しても、逃げる敵は道を選ばないので、急追した義経のほうも、八方へ分裂して、京都へはいった。
宇治川の敗報を知ると、義仲は、
「すわ」
と、今さらのようにあわて出した。彼の面上には、すさまじい自暴自棄のいろが漲っていた。
その血相をもって、彼は、院の御所へ駈けつけ、法皇に対し奉って臨幸を強請していた。けれど法皇には、お肯き入れがない。とやかく立ち騒いでいるうちに、
「はや、敵の先鋒が、六条河原のあたりまで来ています」
との声に、
「これまで」
と、義仲は大きく喚いて、手勢わずか四、五百騎ばかりで、河原へ向って行った。
そこで散々に敗れた彼は、粟田口から近江へ落ちて行った。瀬田の自軍と合流する考えであった。