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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「道案内をせよ。一ノ谷のうしろまで出たら生命を助け、放してもくれよう」

捕虜の多賀菅六を馬の先に歩かせて、義経主従は、遮二無二馬をすすめた。

「獣のかよわぬ山はあるまい。獣の通う山ならば、馬とてもすすめぬわけはない」

義経は、うしろに続く人々へ、そう云った。笑い声が答えてくる。誰か、とたんに落馬したらしい。また笑う。

密林の沢をこえると、徒歩でも困難な石山の嶮しい胸に行きあたる。星明りにも光るほど馬は汗にぬれていた。時折、鞍を下りて、駒を休ませた。

「もう、敵地の中」

誰も笑わなくなった。

また進む。いよいよ道はかすかだ。遅れる者、姿の見えない者などができてくる。

「あすは屍か、生身か」

さすがの武者ばらも、名残りのように時々星を見た。しかし義経は、死中に活路の希望も持った。死中の道を避けて、必勝の道はないと信じていた。

三

「はて。迷ったかな」

そのうちに、人々は、駒をとめて呟き合った。

「方角が違う気がするが」

「そうだ、いくら行っても、山深くなるばかり」

畠山重忠は、道案内の多賀菅六へ向って糺した。

「菅六とやら、この方角に間違いないか」

「はい。たぶん、間違いは、ないつもりでございますが」