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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
「そんな事はない。鎌倉殿の代官とし、京都にある身ゆえ、この三月には、高野の僧衆と寂楽寺との紛争を裁き、また五月には、祇園神社の訴訟を聴き、そのほか都下の秩序も、禁門のお護りも、まず落度なく勤めておる」
「それは人々が殿へ帰服を示しているからで、その実績に対しても、鎌倉殿から何らかのおことばがあって然るべきでしょう。ましてや宇治川以来、一ノ谷のあのように迅く陥ちた功績は、いったい誰にあると思し召しておらるるのか。おこころの程が解せませぬ」
云うなと叱っても、二人は云い熄まないのである。また、佐藤兄弟が無念としている事は、この六条の邸に住む義経の麾下が今、挙って不満としていることだった。
で、義経の直臣たちは、先ごろ諮り合って、鎌倉殿へ嘆願書をさし出していた。義経に対して何とぞ一日もはやく官途のご推挙を給わるようにと。
ところが、その願いはかえりみられず、嘆願書は問注所から突っ返され、かえって義経に対して、頼朝の不興と疑いは深まっているという噂さえ鎌倉から聞いたのである。
嘆願書に名を連ねた面々は、自分らの盲動が、予期に反して、主君をより以上の苦境に立たせたという点から、