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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

泉殿の殿口、廊門、表門にかけて、一しきり混雑の人渦が巻いた。ちょうど花頂山や如意ヶ岳などの東山一帯の線が、暁空にくっきり浮き出して、紅の旗みたいな雲の裂け目から、旭光が縦横に走って見えたが、往来へ出て、北山西山のほうをみると、京の町や加茂の水は、まだ仄ぐらい残月の下に眠っていた。

「――叱いッ」

「前の者、進め」

「しィッ、叱っ……」

列は動きかけて動かない。

頼朝を乗せた駒を取囲んで――護送人の青侍たちの駒と駒はさかんに狂い合う。

馬上から――

「では」

と頼朝はもう一度、泉殿から見送る人々のほうへ、頭を下げた。

とたんに馬蹄の音は、戞々とそろい出した。自分の駒も出ているのである。彼は、幾度も振向いた。黒々と、一群の人影は、いつまでも泉殿の前に見えた。

追立の役人十数騎の中に、特に免しをうけたものとみえ、叔父の祐範と纐纈源吾のふたりの顔も交じって後から従いて来る。

――吉い日だ。歓びの朝だ。こんなめでたい門出はない。

頼朝は、さっき身寄りの三名に云った自分のことばを、鞍の上で、ふたたび思い出していた。紅色に染めわけられた暁空を仰ぐと、何か、からからと笑いたいような――また、大声で歌でもうたいたいような気もちに駆られてならなかった。