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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
何とは知らず、ただ、
「やっ?」
「なんだっ」
廻廊の僧衆が、総立ちとなると同時に、広庭いっぱいの群衆が、わっと揺れ返って躁ぎ出した。
人間が最も敏に知る血臭いものが、墨のように、何処とはなくサッと流れた。毘沙門堂からすぐ上の峰道には、一つの柵がある。麓の沙汰人が、交代で山番に来ていた。祭中はわけても厳しくというので、六波羅の侍が幾十人か山へ来て、各所の柵で目を光らせていたはずだった。
その番人たちが、血まみれになって、逃げて来たのである。
そして、大声でこう喚いた。
「稚子がひとり逃げたぞっ。――水干を被った稚子がっ」
稚子と聞くと、
「遮那だ!」
一山の法師は、口をそろえて云った。常々考えていたところは誰も同じだったのである。けれど、十六にもなって、まだ駄々っ子そのままな、何の大人げもついて来ない牛若を眼に見ているので、
(いつかはこんな事が)
と予感しながらも、つい彼の腕白ぶりに、余り子供に見過ぎていた。
「それっ、捕まえろ」
騒ぎ立つと傷負の番人たちはまた、
「ひとりではないぞ。腕ぶしの強い男がついている。油断召さるな」
と、駈けゆく法師たちの後ろから注意を送った。