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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

鞍馬という檻の中や都という柵の内とちがって、ここはもう野放しの天地だから始末が悪い――と彼は飼い難く思うのだった。

「ああ、やっと少し汗がおさまった。牛若さま、ひどい目に会わせましたな」

「はははは」

「笑い事じゃありませんぜ。恩人の吉次をそんなに困らせると、行末のご武運にも障りますよ」

「怒ったのかい、吉次」

「誰だって怒りますとも」

「わしはね、そんな悪い気持でしたのじゃない。ちょっと、神隠しの真似してみたんだよ」

「…………」

吉次は呆れて、そう云う彼の顔を見ていた。京を立つ朝、馬には乗った事もないから恐いなどと云っていた事を考え合せると、愈もって、この豹の子は油断がならない。下手をしたら手を噛まれるぞと、警戒を抱きはじめた。

「この宮の裏に、井戸がある。何か、器をさがして、水を一杯汲んで来て飲ませてくれい」

渋々、吉次が、竹筒に水を汲んで来ると、牛若はそれを飲み乾してから、

「吉次、そちは、わしへ水を持って来る前に、自分が先に、飲んで来たな。卑しいやつだ」

と、叱った。

そしてまた、吉次に二の句を云わせず、次の用をいいつけた。

「馬にも水を飼ってやれよ。暑いのは人間ばかりではない」