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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
その無事と無為の日々は、きょうこの頃も変らない。
ただ、山河には、花の開落があり、鳥魚の去来がある。流人屋敷の畠には、今年もまた、茄子の花が咲いていた。
「オオ、怖!」
瓜畑で瓜をもいでいた女の童が二人して、云い合せたように、耳をふさいだ。
「雷鳴さま」
と、山を仰ぐ。
箱根連峰は、見ているまに、疾風雲につつまれて、すぐ近い函南の中腹には、かっと真っ蒼に陽が映えていた。
ここは、箱根の南裾野といってよい。小高い畑地で、まわりは崖だった。そして崖の根土は、どっちを見ても、狩野川の流れに洗われている。――川のなかの藪島。それで蛭ヶ小島と土着の人は云って来たのかもしれない。
藪をきり拓いて、宅地と畑地にした所に、配所は建っていた。土塀をまわした総坪はずいぶん広いが、建物は元より粗雑で、空地は畑となっていた。
それでも。
流人の住居としては、ずいぶん整っているといってよい。母屋の中心に、持仏堂もあれば、侍部屋もある。寝所、釜殿、女童部屋、奴僕の小屋、殊に目立つのは、厩のあることである。頼朝の外出も、ある区域に限っては、狩猟に出るも、走り湯へ参詣にゆくも、かなり自由にされているらしい。