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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

とは云え、尼が生前、くれぐれも彼に云った、髪を下ろす一ヵ条は、決して守っていなかった。二十九歳の黒髪は、ふっさりと束ねて、むしろその艶やかさを誇っている。

また、読経の日課にしても、果たしてそれが、菩提を慕うやみ難い心のあらわれか、単に、非業な最期をとげた父義朝や兄や一族たちへの一片の供養か、それとも、世を欺く音吐か、依然としてこの人の肚というものは、その端麗なすがたを見ただけでは分らない。

彼を観る人、それを聴く人、配所を繞る人々の思うところも、自らまたまちまちであろう。

が、事実は動かし難い。頼朝の肚はともあれ、こういう配所の生活は、至極神妙なものとして、京都へは報告されていた。

従って、年々、彼への監視や拘束は、弛やかになってもいた。給仕の女人として、女性をおくことも黙認されている。――近頃、ひそやかに奥に侍いている亀の前は、彼の二度目の愛人だった。

二度目というのは、今より二年ほど前に、伊東祐親の息女と恋におちて子までもうけた事があり、祐親に知られて、その子は、淵へ捨てられたりなどした事件が、この伊豆では一時、かなり噂に聞え渡っていたからである。