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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

かたく戸閉して、榾火の明りすらも洩らしている家はなかった。

「……ぜひもない」

やがて。

左馬頭義朝は、憮然と、諦めの声をもらした。佐殿の父である。

年ごろ三十七、八。この中でも、眉目のすぐれていることや、黒桃花毛と名のある名馬に跨って鞍負けせぬ骨づくりなど、一目にもそれと知れよう。諸国の源氏の長者であり、六条河原の合戦にやぶれる最後までは、まだ千余の兵や、旗本の一族に守られて、

(この君なくば)

と、頼みに仰がれていた人だった。

都を落ちる時は、それでも同勢三、四十人は連れていたが、人目立つため、暇をやって別れたり、討たれたり……、深傷のため落伍する者もあったりして――勢多を越え渡った頃には、父子と主従、わずか八騎となっていた。

顧みて今、義朝のまわりを見まわせば、十九歳という長男の悪源太義平、まだ十六の次男朝長の骨肉たち。

郎党では金王丸、鎌田兵衛正清、平賀義信などであったが、このうちにいたはずの義朝の三男で、ことし十三歳になる右兵衛佐頼朝のすがたが、いつのまにか見失われてしまったのであった。

生捕られでもしたか。

雪にでも埋もれ去ったか。

気丈な公達とは郎党たちも信じているが、何といってもまだ十三といっては身なりも小さい。