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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

広縁や欄に、木の葉まじりの時雨が時々ふきかける。

燭を運んでゆく侍女たちは、袖で灯りをかざしていた。

「もし……。先程から政子がおん前に参っておりまするが」

牧の方にそう云われて、時政は初めて眼をひらき、そして自分の前に、両手をつかえたままでいるわが娘の嫁入りすがたに、じっと、目をとめた。

「…………」

沁々と、見入っていたが、やがて吐息のように、

「もう行くか」

と云った。

政子は、それに、何か答えたようであったが、父の耳へは聞きとれなかった。泣いているのである。

「この折に、改めて父からいう何事もない。ただ嫁ぐからには、女子は、良人のほか、何ものも頼るものはない筈である。父は、平貞盛が裔。いうまでもなく、都の太政入道殿とは、その流れを一つに汲む平氏の一族には違いない。……だがの」

と、声を含んで、

「女子は、嫁してゆく良人に拠って、初めて氏も族もさだまるものぞ。良人が、藤原氏なれば、そちは藤原家の夫人たれよ。良人が菅家なれば、そなたは菅家の内室であるぞ」

「……はい」

政子は、濡れた眸をあげた。

父のことばは、ことば通りのものか、それとも、何か謎をこめての仰せなのか? ――と。