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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
何にせよ、叡山や三井寺の徒は、兵力と財力と、信仰の力とを擁しているので、入道の力を以てしてもどうにもならないものがある。武力や財力にかけては、
「児戯に等しいもの」
と、入道も軽く見ていられたが、信仰の力となると、これは自分の持たないものであることを、入道もよく弁えていた。――信仰どころか、一世の悪評一身にあつまっている現状をも、――入道は決して知らずにいるわけではない。
けれど、彼がそのように忌み嫌った腐敗堕落の末法の世界の他に、真実の仏教を、草間がくれの清流のように、年来、黒谷の吉水禅房でさけんでいる法然という僧なども在ることは、入道も知らなかった。
入道はその活眼で、一面実によく世上を観てはいたが、一面やはりどこか抜けている所もあった。蓬壺の主人は、やはりもう今は貴族で、庶民のひとりではなかった。
二
入道に云わせると、
(余は宗教を憎むのではない。誤った信仰を唾棄するのだ。信仰もよく導けばいいが、今のように、一般社会に及ぼす弊風の大や、朝廷をも動かす悪因習は、これを黙視しているわけにゆかない)
入道の仏徒嫌いは、そういう達見から来てもいるが、元来が感情の度の昂い、赤裸の性行の人だけに、それが現れるところのものは、人をして頗る恐れさせたり顰蹙させるような形になった。