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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
気づまりで窮屈で、もしご機嫌でも損じれば大変だし――折角、福原へ行っても、身にも皮にもならないと一致して陰でこぼしているのである。
そんな心理は、入道は少しも知らないので、
「みな乗ったか。何……まだ化粧していると。化粧などは、車の中でいたせばよいに」
と、独り上機嫌になって――いや努めて機嫌よく気を取り直そうとして、簾の内から、従者に任せておけばよいような事まで、自身で世話をやくのであった。
ようやく支度が揃う。
十輛に余る牛車が西八条の門を出た。侍女や女童の文車だの弓長刀を持った側臣だのがつづいてゆく、大路へ出ればいつのまにか、前後に騎馬武者と千人近い兵がそれを護る列となっていた。
摂津の福原の別荘は、兵庫の海を園の前に、逆瀬川の水を殿楼の階下にとり入れていた。そこでは、都の白拍子や浪華の名ある遊君をあつめて美船を浮かべ、網を打たせ、夜は万燈を廊につらねて、敦盛が笛をふいたり、宗盛が舞ったりして、ついこの夏頃も、一門の公達がその風流やら芸事などを競いあって、入道相国に、
――夏の夜は短い。
と、託たしめた事もある。
ただひとり、その夜の歓楽にも見えなかったのは、もうその頃から体も悪かったが、快くてもいつでも嫌だと断る――長男の重盛だけであった。