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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「なるほど。さては其方の舞や音曲のたしなみも、陣中の備えか」

「役に立たない物といっては、どんな時でも何一つないかと存じます。ですから、わたくしの如き無能でも、当所にお養い下さるものと存じております」

「いかにも。……時にもう数年前からの絵図面は、出来上がっているだろうな」

「とうに出来ておりまする。――が、まだあれを持てと、お声のないうちは、あれの要る時節が参らぬものと、てまえの筐底にふかくしまい込んでおきました」

「見せてくれい」

頼朝は、そこへ坐って、彼の取出した近郷一帯の図面を見て、非常に満足そうであったが、

「至急、もう一面、図を写してもらいたいが」

「これと同じものを」

「いや、これにないものだ。それは山木判官兼隆の邸の内部。明細にとは望まぬが」

「畏まりました。――しかし、ずいぶん難しいことでございますな」

「生命がけの仕事であるの」

「元よりです。けれど幸い、山木家の郎党にも、兼隆の一族にも、てまえは少しも顔を知られておりません。他国者で、身分のないのが僥倖です。さっそく、取りかかりましょう」

その後、どう手づるを求めて入りこんだものか、邦通は例の人あたりのよい弁舌と、遊芸の才を利用して、山木家へ近づき、目代の判官兼隆の宴席になど現れていた。