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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
はっと、それを危険と気づいた時、極度な肉体の疲労が思い出された。もう一歩も耐えられないほど喘いでいる疲労が、ややもすると、死の安逸をささやくのである。
「なんの!」
今は、後ろに迫る敵以上の敵が、頼朝自身の中にあった。歯がみをして、起つ、よろ這う。また転ぶ。
兜も捨てた。具足を解こうとした。――その時である。
「しゃあッ」
と、嗄れ声が、後ろでした。
振向くと、馬に乗った敵方の一将である。頼朝を見て、駒をとばして来たのだ。そして、大きな口を刮ッと開き、太刀をふりかぶって、何か云ったのだが、彼もさっきからの戦闘に、士卒を励まして喉をつぶし、その声は、ことばの意味をなさず――、しゃあッと、異様な音声を発したのであった。
「あっ。――景親」
頼朝の長刀は、無意識に縦横の閃光を描いた。その一閃は、敵の馬の鼻づらをかすめたので、馬は愕いて刎ねた。――が、刎ね落されるような敵ではなく、かえって跳躍を迅めて、ふたたび頼朝のまっ向へ、鞍上からすさまじい力をこめた太刀が落ちかけた。
すると、その平家方の武将の郎党らしい男が、いきなり駈け寄って主人の駒の前脚を刀で撲りつけた。