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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「あっ、殿ですか。――そのまま殿こそ早く岸を」

「乗れと申すに」

「いや、殿軍します。対岸の部落でお待ちください。それがしは陸路をまわります」

云い捨てると、義澄はもう敢然と、家の前の往来へ出て、近づく敵と斬りむすんでいた。

「義澄を討たすな」

と、頼朝のそばから、二人立ち、三人立ち、五人まで駈け上がって行くと、

「みんな来いっ」

と、頼朝まで、跳び上がって、遂に敵へ当り始めた。

敵は、六、七倍の人数だが、当ってみると、案外弱かった。いや、こっちの皮膚や精神が、伊豆でさんざん鍛えられて来ているので、そう思われたのかも知れなかった。

「追うな追うな。深入りすな」

五、六町先まで、追い崩して、頼朝は引っ返して来た。

「此家の百姓を宥ってやれ」

と、頼朝は、持合せの物など与えて、夜の明けないうち、小舟で沼を越えた。

翌日。

安西三郎景益は、頼朝が立ったと聞いて、近くの旅の途中から、にわかに道を更えて追いかけて来た。そして、

「行く先々、前夜のような狼藉者や、この際、何とか平家の恩賞にあずかろうと、慾にかかっている者も無数にある。軽忽なお旅は、危険極まるものでござる。