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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
と、そこの有利なことや、源氏にゆかりのあるという点など、異存はなかった。けれど、頼朝の云うのを聞いていると、頼朝は、そこに拠ることの上策であることのみ極めこんでいて、ここからそこまで進軍してゆく事のいかに至難な業か――可能か不可能かも、まるで考慮していないように見うけられた。
実際、頼朝は考えていなかった。この際、考えてなどいたら一歩も進む地はないからである。彼はただ、良い! と信じ、行こう! と思い立った方へ指さした。――そして、
「来る者は、われに従って来いっ」
と、他を云わず、三百余の兵の真っ先に立った。――鎌倉へ、鎌倉へ。道を更えて、海沿いに出て進んだ。
隅田川
一
そのまま頼朝の人数が、下総の国府までかかると、千葉介常胤は、胤正、胤成、胤道、胤頼などの子息たちを初め、一族郎党三百余を従えて、迎えに出ていた。
「手みやげのしるしに」
と、常胤は、頼朝との見参に、一名の捕虜を曳かせて来た。
「これは、何者か」
頼朝が、訊ねると、
「千田判官代親政と申し、当国千田庄の領家でござる。平忠盛が聟にもあたれば、お行先を遮るは必定と、こちらから機先を制して襲せかけ、その折、孫の小太郎成胤が、生捕りました者でござる」