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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

今では、墨染の里に、かなりな家構えして、何不自由なく伯母も暮していると聞いていたので、頭殿からうけたご恩に対しても――と、ただ一つの身の寄る辺と頼って来たのであった。

「いけないっ」

「いやあん」

「母さま! 乙若が」

「うそだあい」

「お出し」

「うそ。うそっ」

ふいに走り出した幼い兄弟が、何を争い始めたのか、彼方の道ばたで、取っ組まぬばかりに、大声をあげていた。

うつつな――ともすれば、うつつとなって考えるともなく考え事に囚われがちな彼女は、びっくりして、

「これ」

と、小走りに近づいたが、今若も乙若も、喧嘩を止めないばかりか、懐の乳のみは、すぐ虫気を起しかけて、泣き出すのだった。

「おお、よしよし……よし」

こんな所へ、もし平家の侍や宿場の沙汰人でも通りかけたらと、彼女は気もそぞろに縮まる思いで、

「今若さま、これ今若さま。お兄様のくせにして、何を遊ばしますぞ。幼い弟御様をば、そのように打ったりして」

懐には、乳をふくませ、声のない歌拍子に、足をうごかしながら、窘めると、

「だって。――だってね、お母あ様」

兄の今若は、一本の串柿を、弟の手から奪い取って、母の前につきつけながら、口を尖らして告げた。