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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
四、五の将も、そこへ出て、
「道を開け。その駒の群れを、彼方へ移せ」
などと指図していた。
広常は、間もなく、陣所へ近く来て、ゆらりと駒を降りた。――そして士卒を遠く立たせ、嫡男以下の肉親だけを従えて、幕の近くまで進み、
「これは上総介広常でござる。一族、近国の輩など狩り催し、二万余の同勢をひきつれ、ただ今あれに到着いたしました。この由、佐殿まで、お披露なねがいとう存ずる」
朝露に濡れた陣の幕は、雨に晒されたように重たげに垂れていた。――広常のことばをそのまま伝えて、武士は、頼朝のすがたの見える幕の下に跪いていた。
「…………」
いつまでも、頼朝が唇をむすんでいるので、辺りの将たちは、彼の面へ眸をあつめていた。大河の水の前に夜明けの光の白々とした下に見ても、その面は、配所にいた頃とは、別人のような黒さと強靱さを見せていた。
「畏れながら、お耳へ達しまする。ただ今、上総介広常殿には、二万余騎をお味方にひきつれ……」
再び、取次の武士が云いかけると、石橋山の谷間以来、久しく聞かれなかった頼朝の大声がいきなり、
「ならぬっ! 追い返せ」
と、大喝した。
幾条もの幕の彼方に、かなり距ててはいたが、その声は、上総介のいるあたりへも、十分に届く声量であった。