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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

と、前なる山の鬱蒼や、木の間に澄む秋空をしばらく仰いでいた。

「静かだのう」

諸将を顧みながらまた呟いた。そして地上に眼をうつした。山清水のにじみ出している其処此処に、小さな池が幾ヵ所かできていた。池には蓮の葉が破れ、赤い沢蟹が戯れていた。

「――祖先、頼義公も、義家公も、また亡父義朝も、この道を何度かおひろいなされた事であろう。わけて義家公には、この宮の祠前で元服なされたので、八幡太郎と名のられた。今頼朝また、ここに詣でて平家を亡ぼさん畢生の願をかけ奉るとは」

心あるもののように、全山の樹霊は青々と喊の声をあげて揺れていた。黄いろ葉、紅の葉は梢を離れて舞ってくる。――頼朝は、歩を移して、池から池へながれて行く小川に寄って手を浄めた。

そこへ、急な使いが来た。

伊豆の秋戸郷から来た侍だとある。頼朝は秋戸と聞くと、

「ここへ呼べ」

と、そのまま待った。

使いの侍は、余りの晴れがましさに遠く平伏したきりだった。御台所のご書面を携えて参りました者ですと云う。眼くばせして、頼朝は、畠山重忠の手を経てそれを受け取った。

――なつかしや妻の文

と、顔にもそれは現れていたが封はひらかず、肌に納めてただ一言、