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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

頼朝は、左右の人々へ、そう告げて、膳も酒器も、片づけさせた。

一穂の灯火のほか、そこには何もなくなった。清浄な灯かげだけが静かにゆらいでいた。――そうした気持で、彼は、二十年ぶりの、いや、生れて初めて会う骨肉を迎えたかった。

やがて、広縁の外で、

「どうぞ、此方へ」

と、案内に立つ実平の声がきこえた。つづいて、静かに、縁を踏んでくる跫音がする。――その気配にさえ、頼朝は、あやしく胸が顫えて来た。

どんな弟であろうか。

会って、まず、何といおうか。

ふしぎな血がしきりと胸に鼓動してくる。この音こそ、争えない血しおのつながりを証拠だてるものではあるまいか。きょうまでの二十年間、胸をさびしく閉していた孤独の扉を、ふいに叩かれた驚きと歓びには、幾分の狼狽さえ交じっていた。

「兄君でございますか」

――と、見ればその義経は、実平に誘われた、燭から遠い下座に着いて、ひたと、自分の方へ向ってひれ伏していた。

「…………」

頼朝は、義経の云った最初のことばを、よく聞き取っていなかった。

義経の声も、おののいて、情の昂ぶりのみが、ことばの上に嗄れていたし、頼朝の耳も、徒に熱していた。