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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
実平はいつの間にか庭にいなかった。さっきから兄の側にじっと控えていた義経も、許されるものなら座を立ってしまいたかった。
老母はまだよよと泣きじゃくっている。起てないのもむりはない――義経は面をそむけながら思い遣った。
いつのまにか義経の胸は、兄に対する嫌厭でいっぱいになっていた。黄瀬川の宿で初めて会った時とは正反対な兄を見るここちがした。
兄と思うべきではない。鎌倉殿のなさる人事の処置に対して、そんな心を抱いてはならないと思ってみても、どうしようもない嫌厭だった。
骨肉である以上、血はひとつである。兄の血は自分にもある血にちがいない。義経は自分を憎むと同じように兄のそうした冷酷な裁きを憎悪せずにいられなかった。
「……申しわけも……申しわけもござりませぬ」
ややあって――である。
経俊の母は、脱殻のようになって力なく立った。そして両手で面を蔽ったまますごすごと退がりかけた。
十歩。十五歩。
地も見ずに、老母は中門のほうへ、しょぼしょぼと歩きかけた。――義経は、もうそれを、そのまま見送れなくなった。老母に代って、助命をとりなしてやろうという気が、胸をつきあげたが、ベタと、両手をつかえて、何か兄へ向って云おうとした。