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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

深く秘せられている入道の容体が、そう下々にすぐ分るはずもないのに、大熱に苦しみ呻く入道の声が侍所まで聞えるとか、百人の人夫に千手院の冷水をくませて石の船に湛えては冷やしているが、水はたちまち湯となって沸りたってしまうとか、ゆうべも、八葉の車を曳いた閻王の使いが、焔をあげて夜空から翔け下り、

(われは、閻王奪魂の使いなり。一門の弓矢も、金銀珠玉も、冥途無常の迎えには塵ぞかし。疾う疾う立ち候え)

と、云うのが大殿の棟に燃えつかんばかり聞えたが、二位殿の看護の真心や、加持祈祷の衆僧が、諸声あわせて唱うる誦経に、やがて夜明けと共に消え去った――とか紛々たる取沙汰なのである。

だが、そんな噂が京中に拡がっていた頃には、実は、すでに清盛は死んでいた。

二月四日の夕だった。

遺言は、何もない。

ただ、臨終の日、こう云ったという。

「みんなおるか。……わしは悔いない事をただひとつ仕残した。頼朝を助けた。おまえたちは、頼朝に亡ぼされるなよ。わしのために、月々の供養などよしてくれ。頼朝と戦え。それがおまえ達の再生だ。また、わしへの供養だ。……頼朝の首をわしの墓前に供えろ。