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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
いつも股肱の者を代人に向けて、時政と会ったこともないのである。
そのくせ彼は、船が鎌倉についているうちは、ほとんど船にいなかった。物売りや職人たちをつかまえては、巷のうわさを拾って歩いたり、下級の兵と親しくなって、化粧坂へ遊びに行って大振舞をしたり、何という事はなく、暢気そうに過していた。
三浦義連の亭で納涼の折、誰と誰とが喧嘩したとか、佐奈田余一の父の岡崎四郎は涙のある武士で、子の讐の長尾新六に、情けをかけて逃がしてやったとか――そういう上層の消息も、鎌倉ではすぐ知れわたるのであった。まず緊密な社会組織がないせいであるよりも、鎌倉の家人階級には、まだそんな事を秘し隠しにしようなどという気もちがないのである。
私行上、面目ない事は、面目ないとし、不覚だった事は不覚だとして、恥を責められることは当然な制裁をうけることとしていた。卑屈な隠しだては、恥以上の恥とした。ふた口目には、
「恥を知れ」
とか、恥をそそげとか、生命の次のものとして、各がそれを珠のごとく尊んだ。
法令などよりも、吉次は、そんなところから自然にできかけている新秩序に対して信用を賭けた。