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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「ご免。――また戦場で」

高綱は先に行ってしまった。すこし彼の方が人が悪い。

実のところ生※(「口+妾」、第4水準2-4-1)は盗んだのではない。やはり頼朝からもらったのである。けれど頼朝に口止めされていたので、咄嗟に出たらめを云ったのだった。

隙のないように見える頼朝にも、相手の接し方に依っては、あれほど惜しんでいた名馬でも、つい与えてしまうぐらいな甘さもあった。

木曾殿

一

ひとりの女性は、衣を打被いだまま、燈火から遠く離れて、泣き伏していた。

黒髪のなかに埋めている横顔の白さが、この薄暗くてまたどことなく殺気のみなぎっている殿中には、余りに白くおののいている。

「だまれっ。――妖怪のように細々と泣くなっ。泣くなら大声で喚け」

義仲は、酒を仰飲っていた。

燈火のせいか、どす赤い顔に、眼が大きく光る。

年は三十一。巨躯を持っている。

決して醜悪な容貌の部類ではないが、公卿や宮中の女房たちが恐れることは甚だしい。

「やめないか」

「…………」

そこに泣き伏しているのは、彼の妻というのも、気の毒な――前関白基房のむすめであった。

義仲に懸想されて、強奪されて来た妻である。