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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
そうした中に、ただひとり泣かない者は常磐のみであった。
中門の外まで立ち出ると、待ちかまえていた武士どもが、荒々しく急きたてたが、
「それへお坐り遊ばせ」
と、子達にも教え、自分が大地へ坐って見せて、
「――では、お慈悲のお輦をいただいて参りまする。女童の頃から雑仕のご奉公を申しあげ、今日という終りの日まで、お廂のご庇護にあずかりました。何とも有難うぞんじまする」
母が両手をつかえたので、今若も乙若も、ふかい意味はわからないが、手をついて、
「さようなら」
と、御所へおわかれを告げた。
「おお、ようなされた」
起つと共に、裏門へ通じる道の岐れに、ぐわらぐわらと牛舎の方から一輛の牛輦が引出されて来た。
それは半蔀の女房輦であったが、余りに用い古されたので、久しく車小舎の一隅へ煤にまみれていたものらしく、前御簾は裂け、轅の塗りは剥げ落ち、ただそれを引くべく付けられた牛ばかりが、逞しい飴色の若牛であった。
常磐は、子を抱いて、破れ輦の内へ潜んだ。それとばかり、武士たちは前後を護る。そして、
「急げよ」
と、牛追を、追い立てた。
鳥羽蔵は、つい先頃まで、六条殿の牛飼宿の頭をしていた者だけに、まどろいと見たか、牛追の男の鞭を奪って、