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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「平軍が大挙して来る」

と云いふらされた。

義経は、仮の兵舎に一夜をやすんだが、起きぬけに、ぎくとした。

彼が、心ひそかに、惧れていたものは、味方の兵力に十数倍する彼の一挙に入洛を図って来ることだった。

元より平家の大軍も、彼の武勇も恐れはしないが、義経は、その時機と、攻守の立場の逆になるのをかねてから惧れていたのである。

義経は、どこまでも、

「攻めるに利」

と、信念していた。

またそれが、兵法の原則でもある。この攻勢が、取れない場合、あらゆる味方の不利と苦戦は避けられないものと考えていた。

しかし、周囲の政治的事情は、義経が逸るように、この際、迅速も果断も必要としていないかのように、緩慢であった。

二

義経は思う。

もし宇治川で手間どって、ここ三日も入洛が遅れていたら、平家の先鋒が自分等より先に都へはいっていたかも知れない。

その惧れは、今も決して解除されていなかった。屋島から兵庫港に上陸した西軍は、一ノ谷に城廓をかまえて、虎視眈々たるものがある。

きのう今日の、微妙な政治的のうごきは、そこまで移動して来た颱風の余波ともいえる。

朝廷におかれては、連夜のご評議と洩れ聞えているが、容易に、範頼と義経に対して、今後の方向をお明示にならなかった。