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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

……けれどゆうべは、そういう手づるもなかったので、実は今朝お目にかかって、お顔いろを拝してから、さてはまたも蒲殿とのご意見が合わずにお帰りだな――と、かようにてまえの胸のうちで、お察し申しあげた次第です」

「でも、わしの胸に今、そうした苦しみのある事は、どうして読めたか」

「お公卿方の一部で、お噂しているのを聞きました」

「はて、誰が、義経の胸を左様に申していたか」

「九条兼実卿。また、院のご近侍たる朝方卿や親信卿なども……」

と、吉次は答えながらすり寄って、声をひそめた。

「今日中に、内々、その方面の方々へ、院宣即降の嘆願をなさいませ。あなたは余りにも、政治のうらを衝くすべをご存知なさ過ぎる。お手引は、吉次がいたします。まず九条殿から先へお説きつけておしまいなさい」

五

ふしぎな男である。庶民層のなかに住みながら、上層の事情や政局のうごきなどにも実に詳しい。

(どうして知るのか)

と疑うよりも、

(吉次如きが、聞き知るはずはない)

と、義経も初めは、頭から信を措かなかったが、深く考えてみると、彼が、奥州の金商人として、過去の文化に携わっていた力は大きい。

多年の事である。