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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
――地形をみれば、ここを降って須磨に出で、西の城戸を攻めるしか攻め口はないので、先に逃げた敵も一ノ谷の全軍も、ござんなれとばかり、手具脛ひいて、われらの寄せるを待ちうけているであろう」
彼は、そう前提してから、
「この小勢、この地形、味方に勝目のない事はいうまでもない」
と、絶対に尋常では陥ちない敵の要害をまず認め、その難攻の突破にあたっているのだという覚悟を人々にも持たせた。
「――が、いつの世、いかなる場合でも、見た眼からして、易々と陥入りそうな砦はない。戦ばかりか、こういう世に亡んでゆくあらゆるもの皆、一瞬の前までは、難攻不落と見えるものだ。……至難、不可能、それは物の象にとらわれた観念の惑い、一心を賭して成らぬことはない。……ましてやわれらの兵馬は単なる勝負の兵馬ではない。世に求められて時代の潮と共にさきがけている兵馬ぞ」
篝の火は、義経の横顔を燃やしていた。人のなし得ない役割をも甘んじてやりのける人とおなりなさい――鞍馬谷で打ちこまれた信念がその眸にはすわっていた。そこには、私心がない、小さな功名心とはちがうものである。何か、崇厳な感じすら人々はうけた。