轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
に土木建築を興したので、ひと口に六波羅とはいえ、その地域の広大さは、一指をさして云える事ではない。
北は、六条松原から。
南は、七条のあたりまで。
そして、東と西は、加茂の河辺から山の尾根までを抱き、小松谷の山ふところには、嫡男の重盛が邸宅を新築し、小松殿とよばれてもいる。
一族の館のほか、時の勢いで、ここはそのまま政治を評議したり、庶民の訴訟を裁いたり、租税を督促したり、市中の警備から、諸国諸道の法令を発するところにまで成ろうとしている。
いや、一応は、そうしなければ統治がつくまいと、清盛は、もう、肚を決めているかも知れないのである。
なぜならば。
久しい間、藤原氏が政の権を執っていたが、文化的には功績を残しても、その文化はやがて頽廃的な懶惰と爛熟の末期を生んできたばかりか、藤原一門自体が、ただ自己を栄華し、私腹をこやし、この世は、わが為にあるものみたいな、思い上がりから、諸国の辺土に、大乱続出といったような、収拾できない世相をこしらえてしまった。
天慶年間の将門の乱。
藤原純友の乱。
それ以後の、またその他の、無数の私闘や戦乱は、地方自体の原野から生れたのではなく、腐った物から生じたのである。