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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

万一にも戦場にて、うしろ足を踏み、命惜しなど思う懸念のある者は、遠慮はない。この場から帰れ。打連れてはかえって源氏の名折れ。――また、かたじけなくも、われらに降しおかれた勅宣に対して畏れ多い。一歩退くは、一歩、勅宣にそむき奉ることである」

二

隣の部屋の物音に、吉次は寝どこの内で眼をさましていた。

朝、眼をさますと、

「おれの持船も、ことし中には百艘になろう。国もとで抗らせている鉱山も、来年からは黄金を生むだろう。夜が明けて、鳥が啼けば、金が殖える――」

と、全財産を計ってみたり、貨幣の運転を考えてみたりするのが、彼の習性であり、楽しみであり、またその日の生活の始まりだった。

――が、その朝は、隣の部屋のひそひそ声や、微かな音が、妙に気になって、

「侍というものは、底の知れないばかな者だ」

と、冷淡にはしていても、自分の夢だけに楽しんでもいられなかった。

隣には、寺に乞うて去年から佐藤兄弟が住まっていた。その継信、忠信のふたりは、昨夜、

「もう生きてお目にかかる折もあるまい」

と、改まって、吉次に別れをのべ、酒を酌み交わして寝たのであった。

今日、義経の出軍に、何と主君から叱られようが、追いついて戦に参加するのだというのである。