轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

と、どっかと坐ってしまって、うれし泣きに、泣き出した。

静かなのは――依然として親鸞のいる――奥の一室であった。

勅使の一行が通ってきた北国の駅路には、綸旨下向のうわさが、当然、人々の耳目からひろがった。そして、念仏門の栄えが謳歌された。

愚禿親鸞言上

のお請状の一通をおさめて、勅使の岡崎中納言の一行は、その翌日、すぐ帰洛の途についた。

やがて、そのよろこびのうちに、建暦二年の初春は来たのであった。

――こういう新春を迎えようとは、親鸞をはじめ、誰も予測していない年であった。

二

赦免の御綸旨をおうけしたからには、いずれ近いうちに都へご帰洛なさることであろう――

弟子の人々は、そう臆測していた、もちろん、親鸞のこころにも、慕郷のおもいは燃えていた。

(玉日が生きていたら)彼は、妻に一言、このよろこびを聞かせたかった。

添う日までは、お互いにあらゆる苦患と闘い、添うての後は、身も心もやすらぐ間もなく流別して、そして、離れたままこの世を去ってしまった薄命なあの妻に――また、次には、

(月輪の舅御殿にも)と、思った。

かの人はどうして在るか。都の様はいかに。

さて――こういうよろこびに遭えば親鸞も凡夫である。