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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

三

旅に出たり、他に幾月かの起き臥しを過ごしたことはその間には勿論あっても、西山の黒谷に遁世して名を法然房と称えたのは実に彼が十八歳の時であったから、その機縁からいえば上人のこの黒谷や吉水附近の土地とは、すくなくとも四十数年来――短い人の一生涯ほども宿世を経てきているのである。

(縁――)しみじみと、範宴は、それを今、輦の中で感じる。

聖光院も、青蓮院も、この吉水とは垣の隣といってもよいほど近いのだ。そして、自分が、青蓮院の門を手をひかれて行って、髪を下ろした九歳のころには、もう黒谷の上人は、西山の広谷から吉水へ移って、浄土の門をひらき、称名専修をとなえていた。

それから、二十年ものあいだ、百歩の近くに住みながら、どうして、お親懇を得る折がなかったのか。

念仏の声はしきりと吉水の樹の間からもれてきて耳には入っていながら、心までは沁みなかったかと思う。

(御縁である)ふかく――それだけに範宴は今日の日を――不可思議な参会であると考えて、この通る道、ここを巡りゆく軌の音にも、掌をあわせて謝したいような感謝にくるまれるのであった。

儀装をこらした小八葉の輦は、そうして、道程にすれば実に短い――時間にすれば何万何千里にも値する歳月の遥けさをとおって、吉水禅房の前に着いた。