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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

十

馬を打つ革鞭を持って、

「こらっ、下司」

「…………」

「六波羅のまわし者とは分っているが、誰にたのまれたかっ。何を探れと、いいつけられたのか」

「…………」

「いわぬかっ」ぴしいっと、鞭が一つ鳴る。

「ぬかせっ」

「…………」

「ぬかさぬかっ」二つめが唸る。鞭のうなるたびに、曲者の顔に赤いすじが一つずつ腫れあがった。そして、しまいには、紫いろになり、耳や、唇や、いたる所から、血しおが流れた。

「ううーむ……ううーむ……」ついには、大きなうめき声と、鞭の音とが、根くらべをするだけであった。蔵人は、精をきらして、

「よしっ、きょうはこれで、帰るとするが、また来るぞ。生命が惜しくば、口をあくことだ。考えておけ」いいすてて、帰ってしまった。

館の者たちは、眼をふさぎ耳をふさいでいた。しかし、こんな程度のことは、今の京洛の内には、ざらに行われていることだ。見馴れている蔵人などは、まだまだ手ぬるいと思って帰った様子なのである。

十

意地になって、蔵人はそれから後も、たびたびやって来ては、厩牢の曲者を拷問した。

曲者の体は、そのために業病のように腫れあがって、やぶれた傷口は柘榴の如く膿み、そこから白い骨が見えるほどだった。