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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

四

「所領も、児島城の財産も、すべて一同でよいように頒けてくれい。――勝手な主人と思うであろうが、わしは再び武門へは帰らぬ。永いあいだを、そちたちには、無駄な奉公させたように思われて、それが何より済まぬと詫びておるぞ。これへ参らぬ旧臣どもへも、ありのままに、今のことばを、伝えておくりゃれ」そういったきりであった。

うごかない決心のほどを見て、何とかもいちど児島の城へ帰ってもらおうと考えて来た家臣たちも、断念するほかなかった。悄然として、佐々木家の人々は、武名天下に聞えた四郎高綱ともある人を、山に捨てて帰らなければならなかった。

高綱は、一個の新沙弥となって、当年の高野行人派のひとりとなって、修行を志した。

糞中の穢虫

居を争って

外の清きをしらず

彼は、西仏の手がみにあったその痛烈な一章を忘れなかった。そして、この高野の大自然と七宝の大伽藍の中につつまれて生き直った時、

「こここそは、蛆の棲家の外だ――」と思って、大きな呼吸をついて独り天地に感謝した。

ところが、ここにも彼の想像し得ない世間があった。そのころ、この山では行人派の一派と学頭派とよぶ一派とが、事ごとに対立していて、学問の上ばかりでなく勢力の抗争が烈しかった。