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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

三

「ムムッ……悪魔め」

「悪魔とは、てめえのことじゃねえか」

「残念だ」年景は、部下を呼んだ、召使の名をさけんだ。

しかし、答えもない、聞えるものは、ただごうごうと炎のすさまじい音が、いよいよ風に猛っているだけだった。

「ざまを見ろ。――あれを見ろ、親の因果は、子にまで祟るというが、火の中で、てめえの子や妻が、悲鳴をあげて、逃げ口をさがしている。……アア綺麗な火だなあ」

「悪魔っ、外道っ」

「なんとでもいえ、おれの眼には、この火事が綺麗に見えてこたえられねえ。酒があれば、肴にして、一杯飲みてえくらいなものだ」

ぴゅっ――と年景の手から白い光が梢へ走って行った。彼の帯びていた短剣だった。それが外れると、太刀のほうも抜いて投げた。

キキキキと、猿のような笑い声がして宙の木の葉が騒いだ。

石、瓦、木片、手当り次第にひろって、年景は宙へ投げたが、みな自分の頭上へ返ってくるだけだった。蜘蛛太は、どう逃げたのか、もうその樹にいなかった。

――すると、もういちめんの焔になっている館の囲いを躍りこえてきた勇猛な一つの人影があった。

彼の家来でも、役所の者でもなかった。真っ赤な火光の中を走ってくる影を見ると、明らかに、それは僧形の人だった。