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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

同車篇

熊野犬

一

玉日のおん方のほかには考えておりませんが、あのご息女なれば、妻にもちたいと思います。仏陀も照覧あれ、私は、偽りなく、玉日のおん方が今日まで、好きでならなかったのでございます。どうぞ、お計らい下さいませ」

同房数十の僧たちは、呆然として、そういう綽空のひたむきな態度をながめていた。

同車篇

熊野犬

一

何という忙しなさ。――夏から秋へかけて、月輪家の人々は暑さを口にしている間もない。――盆と正月がいちどに来たようだとは、召使たちのぐちだった。

何十度の親族会議がくりかえされたかわからない。親族たちも一時は、

「木の端とさえいう僧侶に、姫をくれるような家とは、もはや交際いもせぬ」

とまで、いいだしたが、断乎として、秋には婚儀を挙げさせるという禅閤のうごかない意志をみては、

「それほどにいうならば――」

と、匙を投げる者があり、また中庸をとって、和を計る者もあって、どうにか、婚儀のことが、一決したのは、土用の暑いころだった。

叡山の慈円座主は、山を降りて青蓮院にあった。そこから、月輪へは絶えず使いが走るし、月輪から吉水へ、また、五条西洞院とも、絶えず、文書の往復が交わされたりして、あわただしい日の続くうちに、もう残暑の町を、婚儀の荷が、きのうも今日も、西洞院の別荘のほうへ運ばれて行った。