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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

四

だが、加茂の堤に出ると、咸陽宮の唐画にでもありそうな柳樹の並木に、清冽な水がながめられて、冷りと、顔へ、濡れ紙のような風があたる。

「ここらでよかろう」二人は堤に坐った。汗くさい文覚の破れ衣に、女郎花の黄いろい穂がしなだれる。

「しばらくだなあ」弥太がいうと、

「無事か」と、文覚もいう。

「いや、俗身はそこもとのように、なかなか無事ではない」

「俺とても、同じことだ」からからと、文覚は、笑って、

「聞かぬか、近頃の噂を」

「今日、京都へついたばかり。何のうわさも聞いておらぬ」

「そうか。……実は、神護建立の勧進のため、院の御所へ踏み入って、折から、琵琶や朗詠に酒宴していた大臣どもに、下々の困苦の呪い、迷路の呻きなど、世の実相を、一席講じて、この呆痴輩と一喝した所、武者所の侍どもに、襟がみ取って抛り出され、それ、その時の傷や瘤が、まだこの頭から消えておるまいが……」イガ栗の頭を撫でて、笑いながら示すのだった。顔の凸凹に腫れ上がっているのも、その時の棒傷であったらしい。

四

文覚は、まだ十九の頃に、若い髻を切って、大峰、葛城、粉河、戸隠、羽黒、そしてまた那智の千日籠りと、諸山の荒行を踏んできた、その昔の遠藤武者盛遠が成れの果てであった。