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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

二

「心得た」

「――では、後を楽しもう」

「応」弁円とわかれて、法師たちは山へ走った。

彼らがもどってくることを、もう中腹の寺々では待っていた。

一人が聞くと、先へ走って行って、一人へ伝える。その者がまた、次の者へ伝える。わずかなうちに、このことは、一山のうちに知れていた。

「いよいよ念仏門の滅亡の日も近づいた」

と、人々は暗黙のうちに、叡山天台の独り誇り得る時代が来ることを祝福して、法敵吉水へやがて襲うであろうところの暗風黒雨を想像し、

「こんどは、ちと烈しいぞ。いくら強情な法然でも、善信でも、致命的な悲鳴をあげるにちがいない」いかに吉水禅房の人々がそれに処すか――見ものであろうなどという言葉は、かなり長老といわれ碩学といわれている者の口からも洩れた。

「好機。ここを外すな」叡山はまた、鳴動しだした。

そういう裏面のことなどは元よりおくびにも出すのではない。例の打倒念仏の理論をかかげて、洛中へあふれ出した。

南都も、それを伝え聞いて起った。彼らは、朝廷へ向って、再び、

「念仏停止願文」

をさし出すと共に、辻に立ち、寺に立ち、檄を貼り、声をからして、念仏門を誂謗した、批判という中正は元々欠いているのだ、ただ、念仏を仆せ、法然を追え、善信を葬れ――とさけぶ。