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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

離山

一

(行こう!)と決心した。

離山

一

どこに臥し、どこに食を得ていたか、ここ数日の範宴の所在はわからなかったが、あれから叡山へは帰っていないことと、洛内にいたことだけは確実である。

粟田山の樹々は、うっすらと日ごとに春色を加えてきた。黒谷の吉水には、夜さえ明ければ、念仏のこえが聞えやまなかった。信徒の人々の訪れては帰る頻繁な足に、草原でしかなかった野中はいつのまにか繁昌な往来に変っていた。

その人通りの中に範宴のすがたが見出された。

勿論、彼を範宴と知る者はなかった。安居院の法印のように、よほど記憶のよい人か、親しい者でなければ、その笠のうちをのぞいても気がつくまい。

(どこの雲水か)と、振りかえる者もない。

女も老人も、子供も、青年も通る。その階級の多くは元より中流以下の庶民たちであるが、まれには、被衣をした麗人もあり、市女笠の娘を連れた武人らしい人もあった。また、吉水禅房の門前の近くには、待たせてある輦だの輿だのもすえてあった。

範宴は、やがて、大勢の俗衆と共に、そこの聴聞の門をくぐってゆく。法筵へあがる段廊下の下には、たくさんな草履だの、木履だの、草鞋だのが、かたまっている。